根強いファンが多い。上絵付けとして赤色を主として彩色を施した陶磁器。
粟田口焼(江戸時代〜昭和初期)。東山区三条蹴上で焼造されたやきものの総称。初期には各種茶入れ・茶碗を主体に制作したが、その後色絵の技法を導入し古清水風の京焼色絵陶器を主に製作。18世紀前半には13基の登り窯を有する京都最大のやきものの生産地であった。
下絵付に対し、一度本焼成した器に、再び上絵をほどこして焼く。京焼の色絵陶器はほとんどがこの上絵付け。
陶磁器の表面を覆うガラス質の薄い層。
乾山写し・仁清写しなど京焼の偉人達に敬意を表して、その作風を本歌取りしたもの。
ひとつの器(うつわ)の中に、桜と紅葉とを配した色絵模様を描くこと。琳派の画風を写したもの。紅葉の錦、花の雲という意味から、雲錦と言われた。割烹和食器によく使われる手法。
仁清とともに、京焼の祖といわれる。兄は尾形光琳。
京都の呉服商雁金屋の次男に生まれる。大胆で軽妙な画風により独自の造形美を展開、琳派を確立した。乾山のやきものに絵付けを光琳が、書によって乾山が讃を寄せるという共同作業による銹絵(さびえ)皿の数々が伝承されている。
豪商の生まれながら製陶を好む(1753〜1811)。京都における磁器焼成の大成をなす。門下に多数の名工を生み、伝統的な京焼の全盛がもたらされたことは彼の大きな功績である。
祇園新地縄手白川橋畔のお茶屋「木屋」の長男として生まれる(1767〜1833)。仁清・乾山と並ぶ「京焼名工」の一人。主に煎茶器を得意とし、頴川(えいせん)の磁器製法を受けてその芸術性をさらに深めた陶人である。
中国風の衣装を着て、髪の毛を頭の上や左右で結い、それ以外の毛を剃り落とした男の子の絵を唐子といいます。
本来は「清水寺」界隈で作られているやきものを「清水焼」と呼んでいた。現在は、京都府下で作られるやきもの全てを「京焼清水焼」と総称している(通産省(現:経済産業省)で認定)。
色絵の上に金彩色を施した磁器。中国、明代に流行し日本に輸入された。
本来は香を入れる小さな容器のことだが、割烹料亭で珍味入れや小鉢の代わりに演出として使われる。
明代後期に中国南部で作られた三彩陶器。純粋の三彩と、文様を粘土の細い線で縁どり、その内外に釉(うわぐすり)を充填(じゅうてん)したものとがある。茶人の間で特にその香合が珍重された。交趾(現在のベトナム北部トンキン・ハノイ地方)から舶載されたことからの名称。
制作年代が、京都で磁器が開発される江戸後期以前の、また、江戸後期であっても、磁器とは異なる京焼色絵陶器の総称として用いられている。緑・紺色の色釉を用いた色絵陶器や、それらに赤・金彩などの色釉で絵付けされた陶器は京都らしい優雅な情感にあふれている。
磁器の染め付けに用いる鉱物質の顔料。酸化コバルトを主成分として鉄・マンガン・ニッケルなどを含み、還元炎により藍青色ないし紫青色に発色する。天然に産した中国の地方名から生まれた日本名で、現在では合成呉須が広く用いられる。
釉上に赤、青、緑釉を施した磁器を呉須赤絵という。山水、花鳥、人物など文様の内容が豊かで自由闊達な絵付が特徴。
茶碗にでる淡い紅色の斑点のこと。萩焼の特徴として顕著である。ピンクやオレンジの色の変化は、鉄分の量や焼成条件により、変化する。
下絵付けで、鉄分を多く含む泥で描いたものをいう。「鉄絵」と同じ。
素材が、陶器が土質であるのに対して、磁器は石質即ち長石が主成分を成しているのが大きな特徴。製品の素地はあくまで白く、透明性に富み、吸水性が無く、硬質である。
釉をかける下、すなわち素焼(すやき)に絵付けするもので、一般的に染付と呼ばれている。酸化コバルトを含む顔料(呉須)で文様を描き釉薬をかけて焼くと、藍色になる。他に鉄絵もこの手法。
七宝とは仏教用語で「金、銀、水晶、瑠璃(るり)、瑪瑙(めのう)、珊瑚(さんご)、しゃこ」の七つの宝のこと。 ところがこの七宝紋、確かに七つの宝と書きますが、形からは何の事なのわかりにくい。文様のほとんどが写生的表現であるのに対し、七宝だけが不可解です。 元々は輪違い連続文様だったのが、一つの輪が四方へと無限に広がるという吉祥文様だそうで、この四方が七宝に転じたらしい。
本来は、中国明時代末の崇禎年間(1628-1644年)に景徳鎮窯で作られた染付け磁器のこと。日本からの特定の注文により作られ、素地は白で、丸紋のつなぎ、あるいは散らしの中に、花鳥風月・人物・幾何学模様などを描いたものが多い。染付磁器の中のひとつの文様ジャンル。
成形後、本焼きする前に釉薬をかけずに焼き固める方法。染付はこの状態の磁器の上に呉須で描く器。
青の釉(くすり)のかかった高火度焼成のやきもの。釉薬や杯土に含まれる微量の鉄分が還元し青色を呈する。その青い色の種類は窯元ごとに様々な特色(砧(きぬた)青磁・天竜寺青磁など)がある。
釉薬をかけて焼くこと。
釉をかける下、すなわち素焼(すやき)に絵付けするもの。酸化コバルトを含む顔料(呉須)で文様を描き釉薬をかけて焼くと、藍色になる。
竜田川は、古くからの紅葉の名所として有名な奈良県北西部生駒山地の東側を南流して大和川に注ぐ川であるが、ここでは、模様の名として使われている。流水にもみじの葉を散らしたものをいう。
呉須(ごす)で絵付をする場合、まず線描きしてから、内部又は外部を太い筆に呉須の溶液を含ませて塗る方法。溶液の濃度によって濃ダミ、中ダミ、淡ダミの種類がある。
京都・高山寺に伝わる国宝絵巻。一般に鳥獣戯画として広く知られている。
磁器よりも粘土質を多く含み、焼成温度もやや低い。また、釉薬も磁器の場合は「透明釉」を使い、陶器は釉薬自体に金属(酸化物の微粒子)を混ぜ、様々な色合いのやきものが作られている。
江戸時代初期に活躍した日本の名陶工、京焼の祖。色絵陶器の大家
散った桜の花弁が水面に浮び流れるのを筏に見立てたその風情。
染付の一つの技法で、呉須を霧吹き状に吹きかけることにより濃淡やグラデーションを表現することができる。呉須を含ませた筆を直接吹いて散布した細かい吹きつけ自体を文様としたものと、型紙の上から噴霧機のような道具で呉須を吹きつけ白く抜いて文様を表現したものがある。
茶碗や筒型の器などに線の描き方が素朴で、麦藁を連想させるような縦縞文様が引いてあるものをいう。筋が黒や藍のみで一色、淡茶色などがあり、十草模様もこの一種。
一般的に、お膳の手前にはご飯と汁が並び、その向こう側に置く「器=うつわ」をいうが、正式には、お茶事の時に四つ椀とともに折敷(おしき)の上におかれ、お客様から見て向正面にあるので、「向付」という。造りを盛ることが多い。形も様々あり、日本料理の粋とバリエーションの豊かさを現す日本独自の器といえる。
「瓔珞」とは、もともとインドにおける装身具だったが、仏教では仏像を荘厳(しようごん)する飾り具をいい、また寺院内の宝華(ほうけ)状の荘厳さを現している。それを文様化したのが「瓔珞紋」。
流水をかたどった文様。数条の平行線をS字状に連ねた幾何学的なものと、絵画的に水の流れを表したものとがある。尾形光琳の描く秀逸な流水は、現代のインテリア製品にも使われている世界的に認められたデザインである。
陶磁器成形用の旋盤。盤上にこねた土を置き旋回させて成形する。手や足または動力によって旋回させる。
二つ以上の輪が交差して半ば重なっている形。また、その形を図案化した紋所・文様。